2019年04月22日

問題の切り分けと移住と外国語教育

 少し前の話だがこういう記事が出ていたのを𝟐𝟎日に読んだ。

強い閉塞感、ロシアの若者44%「移住したい」


 経済制裁による影響がある前提だが、日本を希望する若者も𝟓﹪いたらしい。上の記事ではなぜか省かれているが、「Record 20% of Russians Say They Would Like to Leave Russia」によればあくまでモスクワでの調査らしい。讀賣新聞は省いているが大事な情報で、報導と疑われてもやむを得ない。移住希望先は𝐄𝐔が𝟒割、日本と同率で仏国&スペイン。多くはないが、それでも「移住するなら?」と考えて「𝟏位米国;𝟐位独国;𝟑位日仏㢴」というのは、それだけ何かしらの理想を抱くだけの情報源があるという事なのだろう。好き嫌い已前に情報がある程度身近でないと選択肢として思い浮かばないだろうから。日本人が日本から出ていかないといけないとしてどこへ行くか?と考えた時に露国が𝟑位になるという気はしない。

 数は多くないが露国から日本に移住したり働きに来ている人は多少いるというのもあるかも知れないが、実際に日本へ来て生活するのは露国人の感覚からしてどうなんだろうか?とりあえず露国よりは寒くないかも知れない。夏は暑い、しかも内陸の乾燥した暑さとは違う多湿の国なのは大変だろう。それ以上に言語や習慣といった面でどうなのかが重要になると思う。お互いにとって。

 多民族国家だからか安全保障上の人材育成の為なのか知らないが露国では小学校のころから外国語教育が行われていて、学校によってどの言語を教えるかは異なっており、日本語を教えている学校もあるというのは已前紹介されていた。「外国語」と言いながら英語とアメリカ已外に発想も選択肢も無い日本とはこの点で違うし、モスクワ人のいくらかが日本を移住先に思い浮かべるのはそういった理由もあるのかも知れない。日本のアニメの熱狂的愛好家が一部にいるらしいのもたまに伝わってくる。そうは言っても実際の語学力がどの程度なのか客観的な指標を見た事が無いのでなんとも言えない。音も豊富で外国語学習には有利な印象もあるロシア語話者だが、意外と英語に苦労しているというのはたまに聞く。文法や単語が異なるからだろうか?

 外国語を学ぶ際に障碍となる点としては、表記;発話;聴音;単語;文法といった要素が思い浮かぶ。これらのうち、近い要素が少しでも多い言語は習得がしやすい。日本人の場合、韓国語を想定すれば解りやすい。文法的な事を考える必要がほぼ無くて発音の差異も比較的少なく聴音も比較的楽、ハングル文字をおぼえればあとは単語をおぼえるだけで済む。その単語も日本語同様英語や中国語の影響を受けているのでカタカナ外来語や熟語が違う文字で書いてあるだけという事も少なからずある。「文法が近いとどれだけ楽なのか」「外国語を使って意思疎通をはかるというのはこういうことなのか」を実感するには非常に良い材料なので、一日二日の体験であっても経験してみるのは悪くないと思う。日本人が韓国語を話すというのは、已前「効率の悪い言葉の使い方;おぼえ方²∕₂」で話題にしたカタカナ英語だらけの日本語を皮肉った𝐂𝐌の「イノベイティブなソルーションをコミット」と言っている感覚とほぼ同じだと思って良い。その意味ではカタカナ英語だらけの𝐈𝐓関連ニュースや経済関連ニュースは標準語ではなく外国語や方言だと考えていいだろう。古い時代の日本語の名残を残す八丈方言や琉球方言が国際的には日本語とは別種の言語と考えられている点からしても、文法構造が同じだろうが使用単語の違いが著しい場合は同一言語とはみなされないとみられる。現代標準語の文語;敬語;現代標準語の口語;古文;漢文;カタカナ英語;英語;方言;第二外語……日本人は𝟕つも𝟖つも言語を覚えないといけない上にどれも中途半端な人が少なくないというとんでもなく効率の悪い事をしているとは言える(笑)

 「外国語﹦英語」な日本の学校教育では「表記;発話;聴音;単語;文法」全てが大きく異なる英語をいきなり学ぶ為混乱や違和感が大きいのと、項目別の評価制度を取り入れていない為、何ができていて何ができていないのかがはっきりしない;全体としての点数に拘泥してしまうという効率が悪く分析力も上がらない事態になっているのは感じる。文法が解っていない;頭に入っていないのに単語をおぼえる事に必死にならざるを得ないと読解の点数は頭打ちになるし、会話主体で構わない仕事をするのであれば発話と聴音と単語が優先されて表記:文字やつづりの優先度は多少低くても構わないのに使いもしない内容の文章を読む努力をして喋れないといった事になる。用途別の重要性や優先度を考慮できない、業種業態別の利用語彙表現の頻度データも取らない辺りは結局のところ政策を打つ側に論理的思考力と分析力が無いという話でもあって、「ベンチが阿呆やから野球が出来へん」に近いものがある。業種業態別によく使っている日本語を片っ端から収集してそれを英語に直した時に頻出の単語;熟語;会話表現をデータ化し、おぼえるべき優先度の高いものを一覧にして公開すれば産業別の語学教育;語学教材の開発や実施は遺りやすくなるし、共通要素の高いものを大学や高校の学科で重点的に教え、さらに共通要素の高いものを中学で……と格上げしていけばいいだけの話で、今ではコンピュータを使えば整理や分析の作業も大幅に高速化できる。「ビッグデータ」とか「人工知能」という言葉を安敡に使うつもりないが、巷でその手の言葉をもって語られる話ではある。

 似た話で最初の移住の件でも感じたのだが、特定の地域に移住したいと考えても、そこが本当に本人にとって住みやすいかは実際に住んでみないと解り難い事も多かろう。体験談を読んでも感じ方は人それぞれで参考になるのか否かはっきりしない。中には「これがしたいからそこへ行く」とか「どこであろうと根性で乗り切ってみせる」という人もいるだろうが、「本当は出て行きたくないが生活の為に仕方ない」とか「今の場所よりましであれば」という消極的な理由で故郷をあとにせざるを得ない人の場合は現地での住み心地は重要になってくる。それなら、自分の性格に合った移住先を探してくれる総合的な窓口が在っても良いように思う。多数の項目で適性検査をして性格に合った風土を探すくらいはネッㇳ上でも簡単にできるはず。過疎化に悩んでいたり人手を求めている自治体は世界中にたくさんあるのだから、そういった自治体の住人にも適性検査をしてもらったりインフラや規則や気候風土や食事などの環境も実際に調査して判断すれば、噂話や想像だけで行くよりはずっと失敗する確率は低いと思う。例えば夜静かにできない人や掃除が嫌いな人は日本へ来ても恐らく自治体に関係無く人間関係はうまくいかない。一方で夜遅くまで騒いでいても問題無い地域も世界にはある。自分が考えていなかった場所を探す事もできるかも知れないし、単に興味本位で探してみるにしても面白いものになるし、そういったポータ𛃻サイㇳのようなものを作ってみても良いように思う。漠然と「人手が欲しい」ではなく、「こういう人が欲しい」「こういう環境です」「こういう事を提供できます」「これはできません」といった事を明確にしておいた方がお互いにとって幸せだし、ㇳラㇷ゙𛃻にもなり難いだろう。移民反対の声が大きくなる原因の一つは文化的な違いによるもめ事の増加な訳で、いくら多様性と言っても事件が起こると説得力を持たなくなってくる。少しでも緩和するには選択的に人を集める事は重要だろう。逆に標的を勧誘しやすくもなる。

 同じ話は本当は企業の採用活動にも言える事ではあるが、実際は募集要項一つまともに書けず必要としている要素を具体的に明示しない;情報を隠したがる;腹の探り合いをしようとする;でもあとになってあれができないこれが足りないと言う……という支離滅裂で非論理的な話題が繰り返されてはいる。「楽器弾ける人募集❢」と言って「ピアノ弾ける人」を採用し「最近の若者はフ𛃻ーㇳも吹けない」と愚痴をこぼすに等しい程度の低い事態は避けた方が良い。「マンションたくさん造れ」で「人多過ぎで電車に乗れない」「学校が足りない」も、「家庭より仕事が当然」で「人口が減って人手が足りない」でも、𝟑手先で勝って𝟏𝟎手先で負けるような戦法が好まれる教育や文化だけに、「人手が欲しい」で「日本社会に馴染なじめない」「人手をケアする人手が足りない」も予定されている可能性が高い。
posted by Marimó Castellanouveau-Tabasco at 03:30| 東京 ☁| 情報処理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする