2018年08月04日

地形由来のようで人名由来な地名

 今しがた

東京とうきょうには135箇所かしょも ゲリラ豪雨ごうう冠水かんすいする道路どうろ特徴とくちょうとは


という記事きじにした。ここで東京都とうきょうと𝟐𝟑区にじゅうさんく西域せいいき渋谷しぶや区をして

渋谷しぶや地名ちめいに『たに』がつくように谷底たにぞこ地形ちけい


説明せつめいしている。わたし昨年さくねんまでそうおもっていたが、『日本人にほんじんのおなまえっ❢』によれば、東京とうきょう渋谷しぶや地形ちけいではなく苗字みょうじ由来ゆらいで、たにになっているのはたまたまだったらしい。

 あくまでひとつの説ということではあるが、𝟐𝟎𝟏𝟕にせんじゅうしち年﹦平成へいせい𝟐𝟗にじゅうきゅう𝟏𝟐月じゅうにがつ放送ほうそう番組ばんぐみによる説明せつめいでは、平安へいあん時代じだい末期まっき武士ぶし渋谷しぶや金王丸こんのうまる支配しはいしたこと由来ゆらいで、それ已前いぜん地名ちめい谷盛やもりとのことだった。金王丸こんのうまるかんしては今も金王こんのう神社じんじゃのこっており、金王坂こんのうざかという名前なまえさかもある。

 渋谷しぶや氏の本拠ほんきょ現在げんざい小田急おだきゅう電鉄でんてつ小田急おだきゅう江ノ島線えのしません相模さがみ大野おおのえきから𝟏𝟕分の高座こうざ渋谷しぶやえきがある神奈川県かながわけん東部とうぶ湘南域しょうなんいき大和市やまとし渋谷しぶやで、鎌倉かまくら時代じだい早川城はやかわじょう渋谷荘しぶやのしょうになったらしい。たにおお田畑たはた一月ひとつき以上いじょう水を入れなくても年中ねんじゅう水がいてくる土地とちだったそうで、「渋」は水がなめらかにながれない様子ようすを示していると説明せつめいしていた。

 東京とうきょう渋谷しぶや谷底たにぞこ地形ちけいにはなっているが台地だいち一部いちぶで、海抜かいばつ自体じたいたかい。だから平地へいちから見ればやまにもかんじられる。中目黒なかめぐろえきのある南方なんぽう恵比寿えびすえきのある南東なんとう方向ほうこうから大通おおどお沿いに渋谷しぶやえき進入しんにゅうした場合ばあいのぼざかつづくのでたにのイメージをち難い。たかいビルがおおいので周囲しゅういを見まわしてもやまに囲まれているともかんじ難い。たか場所ばしょだが周囲しゅういより相対そうたいてきひくくなっているので結果けっかてき大量たいりょうの水がせると滞留たいりゅうしやすいというすこ複雑ふくざつな話だが、そういう場合ばあいもある。やま中腹ちゅうふく高台たかだいであっても、場所ばしょ次第しだい浸水しんすい鉄砲水てっぽうみず危険きけんにさらされるということるにはれいかもれない。

 地名ちめいから地形ちけい判断はんだんしやすいものはたにやまかわなど伝統でんとうてき言葉ことばもあるが、なかには今回こんかい武蔵むさし渋谷しぶやのように人名じんめい場合ばあいもあることはっておいていいかもれない。横浜よこはまえきそばにある神奈川県かながわけん横浜市よこはまし西区にしく高島たかしまちょううみそばなのでむかししまだったのだろうとおもえるが、これもてに尽力じんりょくしたひと名前なまえで、元々もともとうみだったりする。

 戦後せんご以降いこう開発かいはつ地名ちめい地形ちけいわかりやすいものとしては「ヶ丘がおか」だろう。これがつくとやまうえ周囲しゅういよりたか場所ばしょにある。今のところ例外れいがいはみつけていないがなかにはあるかもれない。そして「ヶ丘がおか」のちかくに「たに」があることもしばしば。なので地図ちずながら地名ちめいだけでも高低こうていをある程度ていど想像そうぞうできる場合ばあいがある。災害さいがい時、あるいて避難ひなんしたりかえらざるをえないときなど、さか有無うむかんがえるとき重宝ちょうほうする視点してんなのでっておいてそんいだろう。

ちょう【甼】……町と同字。便宜上、[まち]⇒町、[チョウ]⇒甼として区別する。

posted by Marimó Castellanouveau-Tabasco at 16:08| 地名人名 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする