2018年08月02日

誰がやったかわかろうがわかるまいが……﹙歴史③﹚

 記憶きおく話題わだいが出たので人生じんせい初期しょきに限らず全般ぜんぱん話題わだいとしてつづけてみるが、内容ないようが合っているにしろ間違まちがっているにしろ、過程かていは必ずしもおなじではない。しかし、そのちがいを区別くべつするひとすくないようにはおもえる。

 前回ぜんかいれたような、情報量じょうほうりょうおおいから合っているとか断片だんぺんてきだからウソだという判断はんだん仕方しかた論外ろんがいで、これは分析者ぶんせきしゃ実力じつりょく問題もんだいだろう。『探偵たんていナイトスクープ』という番組ばんぐみではおも場所ばしょきたいとか恩人おんじんに会いたいといった依頼いらいでわずかな記憶きおく情報じょうほうからふる場所ばしょひとたずねることはたまにあるが、中学ちゅうがくとき友人ゆうじんと旅した途中とちゅう雨宿あまやどりした場所ばしょを探すというかいでは、饒舌じょうぜつに細かな情報じょうほうを話していた友人ゆうじん内容ないようおおくが間違まちがいで、断片だんぺんしかおぼえておらず自信じしん無さげだった依頼者いらいしゃ記憶きおくの方が合っていたという展開てんかいだった。いろいろな回をみてかんじるのは、おぼえているひとはよくおぼえている、おぼえていないひとまったくおぼえていないという、けっこう極端きょくたんな割れ方がすくなくないといった点。おなときおな経験けいけんをしてもこれだけちがうのだなというのが率直そっちょく感想かんそう。しかしこれは「時間じかんってもわすれず正確せいかく記憶きおくしている」なのか、「そもそも当時とうじから正確せいかく記憶きおくしていた」のかがはっきりしない。情報じょうほう入力にゅうりょく解釈かいしゃく維持いじの各段階だんかい分岐ぶんきが生じることだろう。

 小学生しょうがくせいの時学校がっこう伝言でんごんゲームをやったことがある。体育館たいいくかんでクラスごとに一列いちれつにならんで先頭せんとうひとなんらかのみじか文章ぶんしょうをこっそりおしえる。それを後ろのひとにこっそりおしえる。かえして最後尾さいこうびひとなんと聴いたのかを発表はっぴょうし、先頭せんとうひとが聴いた内容ないようと照らしわせる。この場合ばあい長期間ちょうきかん記憶きおく保持ほじする必要ひつようい。むしろわれた内容ないよう正確せいかくり、正確せいかくに伝えること重要じゅうようになるが、𝟑𝟎にん𝟒𝟎にんるとなぜか内容ないようわっていたりする。小学校しょうがっこうでの遊びなので犯人はんにん探しや情報じょうほうわった原因げんいん追求ついきゅうまではしないが、障碍しょうがいからんでいる場合ばあいもあるので、何度なんどやってもおなこと発生はっせいする場合ばあい先生せんせい留意りゅういしておいた方がいだろう。障碍しょうがいであれ急いでて誤ったりうまくれなかったのを独自どくじ修正しゅうせいしたのであれ、これは記憶きおくわったとかわすれたといった話ではなく、最初さいしょに得た段階だんかい情報じょうほうがもうちがう。間違まちがって伝えられた情報じょうほうを𝟑𝟎ねん正確せいかく記憶きおくしたところで正解せいかいではない。しかしそれは記憶きおくちがいとかウソとかにせ記憶きおくという話とはちがう。𝟑𝟎にん学級がっきゅうで𝟏𝟓にん目が情報じょうほう正確せいかくに伝えられなかった場合ばあいのこ半分はんぶん正確せいかくに伝えたところで不正確ふせいかく情報じょうほうにはわりないので、𝟑𝟎にん全員ぜんいん正確せいかく記憶きおくしても同窓会どうそうかい対立たいりつすることになる。

 伝言でんごんゲームでは意図いとせず間違まちがいが発生はっせいするにせよ、とりあえず情報じょうほうろう;正確せいかくに伝えようという意志いしはある。しかし物事ものごとが起こったさい、「わすれずにおぼえておくぞ」という意識いしきおおくのひとけていた場合ばあいでも、やはり記憶きおくはあいまいだったりする。学級会がっきゅうかいで決まった学芸会がくげいかいでの発表はっぴょう内容ないようはおぼえていても、決定けってい内容ないよう最初さいしょ発案はつあんしたのがだれだったかは意外いがいとおぼえていないかも知れない。実際じっさい小学生しょうがくせいとき、そういうことがあった。クラスで話し合ったちょっとした決定けってい地元じもと新聞しんぶんげられたことがあったのだが、取材しゅざいたのは最初さいしょ学級会がっきゅうかいで決めてから一ヶ月いっかげつっていなかった。確か𝟐週間くらいだったとおもう。なのに記者きしゃが「発案者はつあんしゃだれか?」といてそこで「だれだっけ?」とクラス全員ぜんいんで首をかしげることになった。実際じっさい記事きじでは発案者はつあんしゃ名前なまえっており、ひょっとしたら発案者はつあんしゃ写真しゃしんられていたかも知れないが、じつはその子自身じしんも「え?おれだっけ?」とっていたくらいで、本当ほんとう発案者はつあんしゃだれなのかよくわからない。当時とうじ同級生どうきゅうせいはそういうことがあったことさえもうわすれているかも知れないが、個人こじんてきには今でも本当ほんとうだれだったのか知りたいくらい。なぜなら新聞しんぶんにその子の名前なまえった原因げんいんを作ったのはわたしだったから(笑)

 だれだったのか?という話で教室きょうしついたさい、わたし何気なにげなくその子の名前なまえくちにしたら、クラスの意見いけんがその子だというながれに自然しぜんまとまって決まってしまった。普段ふだんから班長はんちょうやら学級委員がっきゅういいんやら議論ぎろん主導しゅどうてき地位ちいやらでリーダーてき役割やくわりつことはあったが、まさか自分じぶん発言はつげんにそこまで影響力えいきょうりょくがあるとは思っていなかったので、不用意ふようい一言ひとこと責任せきにん発展はってん仕方しかたという意味いみでは印象いんしょうのこっているし反省はんせいはしている。もちろん、まった根拠こんきょ名前なまえを挙げた訳ではなく、ある程度ていど議論ぎろんながれは記憶きおくしていたので、もし𝟑にんくらいに候補こうほしぼるとしたら確実かくじつに入ってくるくらいではあったのだが、𝟏𝟎𝟎﹪絶対ぜったい彼だったか?というとわたし自信じしんかった。この件は、どれだけ新聞しんぶん記事きじ正確せいかく記憶きおくしていたとしても、真実しんじつかどうかは不明ふめいのままで、仮に「じつわたしった」というひとべつて来て証拠しょうこせたとしても、記事きじになった内容ないよう記憶きおくにせだった訳でもウソだった訳でもない。

 ナイトスクープで何度なんど話題わだいになっていたのは、タイムカプセルをどこに埋めたのか?という話で、複数ふくすう人間にんげん記憶きおくしていた内容ないよう全然ぜんぜんちがったとか、𝟏人ひとりがここじゃないのか?として賛同さんどうが得られてもそこにはかったということは起こっている。結果けっかてきてこなかった、全然ぜんぜんちが場所ばしょだったという結論けつろんもあるし、場所ばしょが移転されていたといったこともあったようにおもう。工事こうじ都合つごうで移転されていればそういうことは起こりうるだろう。しかしそれもにせ記憶きおくだったとかウソをついていたという話とはことなる。
posted by Marimó Castellanouveau-Tabasco at 23:59| 情報処理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする