2018年07月29日

そーし様はバケモノの親玉でした。②

 せっかくだからおひるやすみネタをつづけよう。

 まず言葉ことば問題もんだいだが、よこ方言ほうげんえるかまでは確認かくにんしたこといものの、学校がっこうによってい方はちがっているよう。わたし経験けいけんしたところでは、「昼休憩ひるきゅうけい」とっている学校がっこうと、「昼休ひるやすみ」とっている学校がっこうがあった。授業じゅぎょう授業じゅぎょうあいだみじかやす時間じかんも「休憩きゅうけい時間じかん」と「やす時間じかん」、すこながいものだと「大休憩だいきゅうけい」と「中休なかやすみ」というちがいがあった。学校がっこうてしまうと用語ようご統一とういつしている組織そしきすくないだろうが、一般いっぱんに「おひる」が一番いちばんおおいような気がする。あとは「昼休ひるやすみ」「昼食ちゅうしょく」「めし」。「昼休憩ひるきゅうけい」は記憶きおくい。

 時間じかんかんしてもさまざまで、小休憩しょうきゅうけいやす時間じかん𝟓分ごふん𝟏𝟎分じっぷん経験けいけんしている。大休憩だいきゅうけい中休なかやすみは𝟏𝟓分じゅうごふんと𝟐𝟎分。おひる小学校しょうがっこう場合ばあい給食きゅうしょく𝟒𝟓分よんじゅうごふん昼休憩ひるきゅうけい昼休ひるやすみ𝟐𝟓〜𝟑𝟎分➝掃除そうじ𝟑𝟎分という連続れんぞくで、授業じゅぎょう已外いがいという意味いみでは𝟐時間じかんちかくあった。ただ、「面倒めんどうことはさっさとませてしまおう」という趣旨しゅしから掃除そうじ時間じかんあさって校長こうちょう先生せんせいもいて、その場合ばあいひろ意味いみでのおひるは𝟑𝟎分みじかかった。企業きぎょう場合ばあい掃除そうじ労働ろうどう時間じかんに入っている場合ばあいと、そうでない場合ばあい、そもそも掃除そうじはしないか外注がいちゅうしている場合ばあいとに分かれるので比較ひかくむずかしい。学校がっこうでも掃除そうじ外注がいちゅうしている場合ばあいがあって、わたしもトイレ掃除そうじ子供こどもがする学校がっこう業者ぎょうしゃがする学校がっこう𝟐ふた経験けいけんしている。

 食事しょくじ余暇よか昼休ひるやすみとするなら、もっとながいのは小学校しょうがっこうでの𝟕𝟓分ななじゅうごふん経験けいけんしていることになる。つぎながいのは意外いがい企業きぎょうの𝟔𝟎分。お弁当べんとうっていったり、すぐちかくで調達ちょうたつできる場合ばあいは𝟒𝟎分くらい自由じゆう時間じかん確保かくほできるのでちょっとしたお昼寝ひるね可能かのう休憩きゅうけい室にたたみ部屋へやって雑魚寝ざこねできる事例じれいもあった。自分じぶんの席で食事しょくじ可能かのう場合ばあいは、移動いどう時間じかん節約せつやくできるのがあり難いが、よこになれる環境かんきょう専用せんよう部屋へや必要ひつようだろう。ただ、個人こじんてきには食後しょくごてしまうとかえって午後ごごつらいようにもかんじる。𝟏𝟐時ごろべたとして、眠いのは𝟏𝟒時ごろか𝟏𝟔時𝟑𝟎分ごろ。どうせ仮眠かみん時間じかんをもらえるならそのころの方があり難い。𝟏𝟓;𝟏𝟔時ごろは組織そしきによってはちょっとしたお休憩きゅうけいがある。企業きぎょうでも学校がっこうでも、法定ほうてい上の拘束こうそく時間内じかんないにどれくらいやす時間じかんれるのかで労働ろうどう環境かんきょうおおきくちがうはずだが、意外いがい比較ひかくした話がて来ない不思議ふしぎがある。「なかみんな自分じぶん自分じぶんのまわりとおなじ」とかんがえるのは情報じょうほう処理しょり悪手あくしゅで誤った分析ぶんせきの第一歩いっぽになることから注意ちゅういがいる。

 実際じっさい一度いちどうごはじめると昼休ひるやすみや終業しゅうぎょうまでやすみが環境かんきょうもあれば、𝟏時間半じかんはん〜𝟐時間じかんおきに一斉いっせい休憩きゅうけいがある環境かんきょうもあるし、休憩きゅうけい明示めいじはしないがおつをべたり雑談ざつだんをしたりと息抜いきぬきがゆるされる環境かんきょうもあって、自分じぶんきなとききなようにべたりんだりやすんだりできる環境かんきょうもある。実働じつどう短時間たんじかんで待つことそのものも仕事しごとに入り、はなれなければなにをしてもかまわないという環境かんきょうもある。そういうちがいを想像そうぞうすることさえできない社会人しゃかいじん物凄ものすごおおいので、学生がくせい仕事しごとを調󠄃べたり話をときはあくまで一例いちれいだと意識いしきしておいた方がい。

 じゅく学校がっこう場合ばあい授業中じゅぎょうちゅう堂々どうどうとおつがべられるという環境かんきょうめずらしいだろう。わたし経験けいけんしたことい。大学だいがく大人数おおにんずう講義こうぎならボリボリおとを立てない限り事実上じじつじょうべること可能かのうだったろうが、さすがにそういう景色けしき日常にちじょうという環境かんきょうではなかった。

 ものかんしては責任せきにん次第しだいといったかんじで、駄目だめひともいれば、途中とちゅう時間じかんって𝟏〜𝟐分やすみをくれるひともいたし、適宜てきぎきにめばいいというひともいた。予備校よびこう自由じゆうじゅくでは先生せんせい次第しだい学校がっこうでは駄目だめというのが傾向けいこう。今でこそ水分すいぶん補給ほきゅうは当たりまえといった風潮ふうちょうだが、わたしのころは過渡期かときみたいなものだったので、小学生しょうがくせいときじゅくでも授業中じゅぎょうちゅう飲食いんしょく厳禁げんきんだったが、一人ひとりだけ、「もうこのとし(𝟔年生ねんせい)になったら必要ひつようかどうかは自分じぶん判断はんだんしろ」とって授業中じゅぎょうちゅうんでいいとする先生せんせいがいた。ただし、カンおとがするとかこぼすので水筒すいとう持参じさん条件じょうけんだったとおもう。当時とうじはまだ𝟓𝟎𝟎ミリリットル以下いかのペットボトルは存在そんざいしていなかった。理由りゆうは「ゴミが増えるから」とする国内こくない業界ぎょうかい自主じしゅ規制きせい。しかし外国がいこくからの輸入品ゆにゅうひんはそれを無視むしするので結局けっきょく解禁かいきんせざるをなくなってしまった。マイクロプラスティックの規制きせい欧州おうしゅうで盛りがって米国べいこくし、「これだから日本にほんは~」とはじめる日本人にほんじん出始ではじめているが、そのひとたちはあのときなぜ「これだから欧米おうべいは~」と徹底てっていてき抗議こうぎしなかったのだろうか?という不思議ふしぎがある。そもそも微小びしょうプラスティックゴミ問題もんだいおおくは「ゴミはゴミばこへ」という幼稚ようち園児えんじ水準すいじゅん約束事やくそくごとが守れない「残念ざんねん動物どうぶつ」によるものが原因げんいんだったりして、ある意味いみ話のすり替えてきな面もある。

 ところで、授業中じゅぎょうちゅうでも各自かくじ判断はんだんんでいいとしたその先生せんせい授業じゅぎょうは講師室已外いがい冷房れいぼういビルであつかったにもかかわらず、んでもかまわないとわれると意外いがいだれもうとしないのが面白おもしろいところだった。わたしんでいいとうのなら遠慮えんりょくとはじめたが、最初さいしょ𝟏人ひとりはじめるとすぐに教室きょうしつ全体ぜんたいへひろまった。集団しゅうだん心理しんり典型てんけいみたいな出来事できごととして印象いんしょうのこっている。おなことは中𝟑のとき先駆さきがけてワープロでレポートを提出ていしゅつしたり、高𝟏こういちときにまだめずらしかった電子でんし辞書じしょ教師きょうし面前めんぜん堂々どうどう使つかはじめたときにもあった。個人こじんてきには𝟏番いちばんいなか、あたらしいかふるいかの問題もんだいではなく要不要ようふよう問題もんだい必要ひつようかつ便利べんりかんじたからやっただけのことだったが、大人おとなになってから無思慮むしりょ強迫きょうはくてきあたらしいものびついたり注目ちゅうもくびようとしたり、その裏返うらがえしとして縦割たてわりてき現在げんざい過去かこ未来みらいと分けて趣向しゅこうにそぐわない選択せんたくをする人達ひとたち否定ひていしようとするひとてくるのは、そういう、自分じぶん判断はんだんするちから育成いくせい経験けいけん子供こども時代じだい不足ふそくしていた反動はんどうなのだろうか?「あたらしかろうがふるかろうが、適切てきせつものきなもの使つかえばそれでいいじゃん」と「ふつう」のちがいをかんじるとともに、精神せいしんてきすごおさなかんじる。「んではいけない」が「まなければいけない」にわっただけで自由じゆう選択せんたく余地よちい点ではおなじみたいなもの。

 じゅくでは弁当べんとう持参じさんで丸一日いちにちというのは経験けいけんしたことかったとおもう。なので昼休ひるやすみについては話題わだいにできない。鉢巻はちまき巻いて合宿がっしゅくという年末ねんまつのニュース恒例こうれい景色けしきも知らないし、そういうじゅくでなくて好かったとおもう(笑)

 予備校よびこうはおぼえていないが多分たぶんひるは𝟓𝟎分〜𝟏時間じかんあったとおもう。冷房れいぼうがあまりにさむくてわたし道路沿どうろぞいに椅子やつくえしているお店や近所きんじょ公園こうえんべていた。大学だいがくも𝟏時間じかんくて𝟓𝟎分以下いかだった。食堂しょくどうさむかったが真夏まなつやすみだからくことがほとんど問題もんだいかった。外の芝生しばふべている集団しゅうだんもけっこうおおかったが、わたしの知り合いは「あつい/さむい」「とおい」「場所ばしょりが面倒めんどう臭い」と否定ひていてきひとばかりでそういうことはしなかったが、個人こじんてきには近所きんじょ公園こうえん穴場あなばだったのでこともあった。この辺も「ふつう」のかんじる景色けしきなのでまた別途べっと話題わだいにしようとおもう。

 中高ちゅうこうは𝟑𝟎分だった。食堂しょくどう基本きほんてきにお弁当べんとうなので𝟏𝟎〜𝟏𝟓分じゅうごふんべれば問題もんだいかったが、つぎ授業じゅぎょう体育たいいくだったりすると着替きがえて移動いどうもしないといけないのでちょっとほかに用ができるとギリギリ。女性じょせい場合ばあいはトイレがんだりするので学校がっこうでも会社かいしゃでの外食がいしょくでも、𝟑𝟎分や𝟒𝟓分よんじゅうごふん男性だんせい以上いじょう厄介やっかいかも知れない。

 𝟑𝟎分で午後ごご予習よしゅう宿題しゅくだいが終わっていない場合ばあいは、べながら作業さぎょうをしたりすることもあったので、手持無沙汰ぶさたを埋めわせるためおなじような感覚かんかく大人おとな世界せかいおこなうと、けっこう面倒めんどうことになる。真面目まじめに𝗈𝗋無理をしてやすんでいないと思われたり、場合ばあいによっては顰蹙ひんしゅくう。食事しょくじ時間じかんなのであくまでべるのが主たる目的もくてきで、学校がっこうときちがって頭をやすめたりペースをとしたりはしている。たんひまだから暇潰ひまつぶしに手をうごかしているにぎず、また命令めいれいされたりやるべきことが過剰かじょうに貯まっているじょう態とはちがうので精神せいしんてきにはリラックスしたじょう態にある。無理はしないのでやりたくないときはやらない。しかし「ふつう」として通用つうようしない環境かんきょうではそれがやり難い。効率こうりつわるい;時間じかんがもったいないとはかんじる。話をして食事しょくじをしながら宿題しゅくだいをするくらいは学校がっこうでも登下校とうげこう電車でんしゃの中でも普通ふつうに行っているひとは何人もいたことめずらしくもない環境かんきょうだったのだが。「勉強べんきょうのしぎ」ではない。どちらかというとあさ電車でんしゃでノート広げてなにかをしているひとというのは家で遊んでいて宿題しゅくだい予習よしゅうをやっていないひとの方がおおいのだから(笑) 以前いぜん亜人あじん』というアニメ作品さくひんを見たことがあるが、主人公は成績せいせき高校こうこう生という設定せっていだったらしく、っていた赤本あかほんのような過去問かこもん集からどうも現実げんじつ世界せかいでの東大学部がくぶを受ける水準すいじゅん推測すいそくされたが、赤本あかほんみながら朝食ちょうしょくっていて違和いわ感を覚えた。東大理Ⅲりさんかんがえるくらいの水準すいじゅんならむしろそこまでしなくても問題もんだいいだろうし、精々せいぜい学校がっこう試験しけん入試にゅうし本番ほんばん当日とうじつなに程度ていどだろう。そもそも赤本あかほんのような過去問かこもん集のたぐい一通ひととおり解いて出題しゅつだい傾向けいこうを知ったり自分じぶん到達とうたつ点を確認かくにんしたりするもので、むようなものじゃない。

 複数ふくすう物事ものごと並行へいこうさせるという点については効率こうりつつながるが、年齢ねんれいやそのひと情報じょうほう処理しょり特性とくせいも有り、また内容ないよう次第しだいでできれば場合ばあいとやらない方が場合ばあいもあって簡単かんたんにはえない。また別途べっと話題わだいにしようとおもう。
posted by Marimó Castellanouveau-Tabasco at 23:35| 情報処理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする