2018年07月05日

赤城の山に出でし金かも

 今日きょう(𝟕月しちがつ𝟓日いつか)の『日本人にほんじんのおなまえっ❢』は望月もちづき姓の由来ゆらいだった。なぜ「望」といて[もち]と読むのか?と。関東かんとうおおいらしい。解説かいせつでは平安へいあん時代じだい満月まんげつ安全あんぜん祈願きがん豊作ほうさくを願ったりする風習ふうしゅうがあった事と関連付かんれんづけていた。姓氏せいしとしては長野県ながのけん中部ちゅうぶ佐久さく望月もちづき発祥はっしょうらしい。

 つまり、望月もちづきとは満月まんげつの事で、ここで番組ばんぐみのゲストやレギュラーの反応はんのうが分れていた。意識いしき的に知っている層と知らない層を対比させてみたのかたまたまゲストの関係かんけいでそうなったのかは知らないが、前回ぜんかいも似たような意識いしきの違いの構図こうずがあったので番組ばんぐみによる演出えんしゅつもあったのかも知れない。しかし、一般いっぱん社会しゃかいでもこういう反応はんのうの違いは起こる。すると同じような話題わだいをしていても認識にんしき仕方しかたが違っているので話がずれてくることがある。それが縦の方言ほうげん。そして、人間にんげん反応はんのうはもう少し細かく分かれる。すぐに思い浮かぶところだと

①知っていて当然とうぜん。なぜ知らないの?他者たしゃに対して優越ゆうえつや怒り。
②知っているが知らない人もいるだろう。他者たしゃ状態じょうたい意識いしきしない。
③調べておぼえてきた。是非ぜひしゃべりたい。他者たしゃに対する優越ゆうえつを望む。
④知らない。知っている方がおかしい。自慢じまんだ;上から目線めせんだ。他者たしゃに対して嫉妬しっとや怒り。
⑤知らない。気にしていないし興味きょうみもない。他者たしゃ状態じょうたい意識いしきしない。
⑥知らないが、興味きょうみはある。他者たしゃ状態じょうたい意識いしきしない。
⑦知らないが知っている人がいる。凄い。他者たしゃに対して憧れ。
⑧知らないが知っている人がいる。自己じこに対する劣等れっとう感。


 こういった反応はんのうの違いと、あとは組み合わせ次第しだい環境かんきょう決定けっていされていく。そして伸びる人;伸びる集団しゅうだんと、伸びない人;伸びない集団しゅうだんとに分かれていく。①④は対立やストレスの原因げんいんになる。③は指導者しどうしゃ次第しだい全体ぜんたい向上こうじょうもすれば崩壊ほうかいもする。⑤⑧は少数しょうすうなら無害むがい多数たすうなら伸びない原因げんいん。⑥⑦は一番いちばん伸びるので数がいれば有益ゆうえきだが、多勢たぜい無勢ぶぜいだと孤立こりつする。

 番組ばんぐみは「望月もちづきという苗字みょうじがあるからみんな読み方を知っている」という認識にんしきだった。今回こんかい場合ばあい望月もちづきという単語たんご学校がっこう古文こぶんで出てくるのでその認識にんしきいというてん発想はっそうの差をかんじた。また、望月もちづきが少ない地域ちいきの人にとっては別に苗字みょうじおおいからという印象いんしょういだろうともおもう。私は小学校しょうがっこうでも大学だいがく以降いこうでも、関東かんとう望月もちづきという人に会った記憶きおくい。

 なぜ満月まんげつが「月を望む」なのかは私も以前いぜん気になった事があって、簡単かんたんに調べてみた事はあるが、答えは単純たんじゅん、字が違った。「のぞむ」は「望󠄇(望)」で、「満月まんげつ」は本来ほんらい、「朢」という字だったらしい。音が一緒いっしょで[ボウ]。という事で、平安へいあん時代じだいよりもっとまえ中国ちゅうごく漢字かんじ同一どういつ視された事が起源きげんじゃないかとおもう。

 ちなみに「朢」は「𣍢」と略せるので、「望」をおぼえてしまっている人は、面倒めんどう臭かったら希望きぼうは希𣍢とでもいておけばいい。「朢」はこれ自体じたい満月まんげつ意味いみなので「望月もちづき」と書くのが面倒めんどう臭いなら「𣍢」でもかまわない。もっとズボラをするなら「兦」で[ボウ]と読むので一時的にはそういておいてもいいだろう。「忘」も「㤀」と書けるしこちらの方が書きやすい。


 オマケで他に採り上げられていた姓氏せいし話題わだいいておく。

 出牛[でうし|じょうし]という姓氏せいし埼玉さいたま秩父ちちぶ秩父ちちぶ皆野みなの発祥はっしょうで、地元じもとにある、川が曲がって洪水時にあふれる場所ばしょを、牛や「し」にたとえたとされるらしい。一説には、隠れキリシタンがおり、キリスト教の神:天主てんしゅを意味するポルトガル語𝐃𝐞𝐮𝐬デウス由来ゆらい可能性かのうせい否定ひていできないそうな。なお、ポルトガル語デウスはラテン語𝐃𝐞𝐮𝐬由来ゆらいで、ラテン語では[デオ]と読む。キリスト教の神は大文字もじはじまる。ギリシャ神話しんわ全能ぜんのうの神Ζεύςゼウスとは無関係むかんけい。ラテン語の「神」一般いっぱん文字もじはじまる𝐝𝐞𝐮𝐬なので注意ちゅういがいる。

 最後さいごは千田[せんだ|ちだ]の由来ゆらい𝟑みっ紹介しょうかいしていた。①[ちだ]は平安へいあん時代じだい、現千葉県の千田荘ちだのしょう発祥はっしょう武家ぶけ一族いちぞく岩手いわて葛西かさい氏をたよ って敗走はいそう現地げんち帰農きのう稲作いなさく指導しどう活躍かつやく現在げんざい東北とうほく関東かんとう甲信こうしん地方ちほうおおい。

 ②[せんだ]は鎌倉かまくら時代じだい、現長野県ながのけん発祥はっしょう。芹田[せりた➝せむた➝せんた➝せんだ]と転訛てんかし、今も中部ちゅうぶ地方ちほうおおい。

 ③もうひとつの[せんだ]は室町時代じだい、現滋賀しが北部ほくぶ湖北こほく長浜ながはま木之本きのもと甼千田発祥はっしょうの千田氏からで、現在げんざい近畿きんき地方ちほうおおい。

 千田[せんだ]姓は中国ちゅうごく四国しこく地方ちほうには少なく、九州きゅうしゅうでは鹿児島かごしま九州きゅうしゅう北部ほくぶに少しいるらしい。
posted by Marimó Castellanouveau-Tabasco at 23:49| 地名人名 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする