2018年06月26日

ダイターン;シャイターン;ターンエイターン②¹/₅

 さて、石山いしやまレポートをたただいにちょっと触れてみる。マイクロソフトは商売しょうばいとしてやっているので、教育きょういくと言っても、原則げんそくとして自社じしゃ製品せいひんを組み込んだ手法しゅほうになる事が必須ひっすになる。発表はっぴょう概要がいようにも「プラットフォームを提供ていきょうしていきたい」と明示めいじしてある。𝐩𝐥𝐚𝐭𝐟𝐨𝐫𝐦。日本語にほんごえば「うてな」。漢字かんじで書けば「台(臺)」。本当ほんとうは「台」は「よろこぶ」という意味いみで、「臺」とは別字らしいが、古くから臺の略字りゃくじ扱いになっている。今の日本語にほんごでは「台」が日用にちようで、「うてな」は耳にしない。コンピューター関係かんけいではカタカナにしただけのプラットフォームという言葉ことばがよく使つかわれるが、恐らく一般いっぱんてきにほとんどの人は意味いみが解っていないんじゃないかとおもう。日常にちじょう生活せいかつでは使つかわない。カタカナ外来語がいらいごとしてはえきのプラットホーム、略してホームが一番いちばん馴染なじみ深いだろう。「ホームドア」はおうち玄関げんかんの事ではない。

 しかし、プラットフォームという言葉ことばを耳にしてえきのホームを想像そうぞうしても今ひとつピンとこないなと昔思った事がある。想像そうぞうするなら台所だいどころの流し台でも想像そうぞうした方がいかも知れないとかんじた。システムキッチンという言葉ことば𝟏𝟗𝟖𝟎年せんきゅうひゃくはちじゅうねん代ごろから使つかわれていたとおもうが、流し台の「台」がガスレンジの台や鍋釜なべかまの類の道具どうぐ入れまで一続ひとつづきでセットになっている、そういう「台」;「プラットフォーム」。煮たり焼いたり、洗い物をしたり、包丁で切ったり、いろいろな用を足すのに使つかえる。そういう場をマイクロソフトは提供ていきょうしようという事。しかし実際じっさい料理りょうりをするのは結局けっきょくのところ本人ほんにんで、素材そざい道具どうぐ準備じゅんびしなくてはいけないし、山ほどある素材そざい道具どうぐから適切てきせつな物を選ばないといけない。料理りょうり仕方しかたもさまざま。さらに、道具どうぐ使つかうには知識ちしき技量ぎりょうが要る。どんなにすばらしい台﹦プラットフォームを用意よういしても、使つかいこなせるかどうかという問題もんだいが出てくる。使つかい方を研究けんきゅうしないといけないが時間じかんいとかどうしていのか解らないとなると、宝のぐされとなる。購入こうにゅうはしたものの使つかわれずに眠っている機材きざい学校がっこうには少なからずあるともされる。

 そこでマイクロソフトは教師きょうしきたえるじゅくも作って提供ていきょうしようとかんがえたらしく、それが𝐌𝐢𝐜𝐫𝐨𝐬𝐨𝐟𝐭 𝐈𝐧𝐧𝐨𝐯𝐚𝐭𝐢𝐯𝐞 𝐄𝐝𝐮𝐜𝐚𝐭𝐢𝐨𝐧 𝐏𝐫𝐨𝐠𝐫𝐚𝐦𝐬マイクロソフト・イノヴェイティヴ・エデュケイション・プログラムズやマイクロソフト認定教育きょういくイノベーターというもののよう。具体ぐたいれい紹介しょうかいされたらしくその件は石山いしやま報告ほうこくに出ている。米原高校まいばらこうこうでのスカイプの活用。外国がいこく教室きょうしつつないでやりりしたというものらしい。別にわるいとは思わないが、行ったのは英語えいご先生せんせいで、恐らく英語えいごはそれなりに話せる人だったのだろう。英語えいご駄目だめだったらどうするの?となったりもする。家の電話でんわだって海外かいがいにかける事は可能かのうで、それは半世紀せいき前でもわっていない。しかし実際じっさいにはかける相手あいてがいなかったり、どうすればいのか解らなかったりする。紙に住所じゅうしょいて切手きってを貼っても地球ちきゅう裏側うらがわとやりりはできるが、同じ事。つまりグローバルな視野しやとか国際こくさい感覚かんかくとか外国がいこく意識いしきするなんてのは前世紀せいきからすで可能かのうで、特別とくべつ機材きざいだって要らなかった。これからの時代じだいでもなんでもない。マイクロソフトは商売しょうばいでやっているのでマイクロソフト製品せいひんを通す事を前提ぜんていとした提案ていあんをするのは当然とうぜんな話で、現場げんば教師きょうし保護ほご者はそれに捕われる必要ひつようい。お金が無くてもできる。そのてんまったくと言っていいほど理解りかいできていないとかんじるのが自称じしょう外向そとむきな経営けいえい者や経済けいざい専門家せんもんか政治せいじ家や一部いちぶ海外かいがい経験者けいけんしゃ視野しや。頭が固い。機材きざい用意よういする事が目的もくてきになっていたり、機材きざい子供こども使つかっている風景ふうけいを見て「日本にほん世界せかい通用つうようしている」と劣等れっとう感を穴埋めして大人おとな自尊心じそんしん満足まんぞくさせているだけにしかかんじられない。重要じゅうようなのは、やりたいと思っても英語えいごができないとかどうやって相手あいてを探せばいのかわからないとか、そもそもやりりする発想はっそうい人に対して、環境かんきょう時間じかん予算よさんに応じた方法ほうほう選択せんたくして最後さいごまで手助てだすけしてやれる人材じんざい制度せいどだろう。「ネットで検索けんさくすればいくらでも出てくる」というのはあまり有効ゆうこう解決かいけつ策ではない。できる人ややった事がある人にとってはどうということがいものでも、やった事がい人には非常ひじょうに解りにくく、面倒めんどうな話になる。𝟎と𝟏はちがう。タブレット端末を配る事に必死になるのはピントがずれている。

せっかくなので辞書じしょを引いてみたが、𝐩𝐥𝐚𝐭𝐟𝐨𝐫𝐦はフランス語𝐩𝐥𝐚𝐭𝐞−𝐟𝐨𝐫𝐦𝐞プラット﹦フォルム由来ゆらいらしい。高床たかゆかとか台地だいちとか基本きほん政策せいさく綱領こうりょうといった意味いみで、𝐩𝐥𝐚𝐭(𝐞)は英語えいごの𝐟𝐥𝐚𝐭の事だそう。平台ひらだいでも台座だいざでも俎上そじょうでも基本きほん政策せいさくでも、日本語にほんご使つかいようはいくらでもあるようにおもう。

posted by Marimó Castellanouveau-Tabasco at 12:00| 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする