2018年06月01日

図に描く;文字で書く②

 せっかくなので昨日きのうつづきだが、小学校しょうがっこう算数さんすう中学校ちゅうがっこう数学すうがくはちょっとちがう。その「ちがう」という意識付いしきづけはどこの学校がっこうじゅくでもちゃんとなされているのだろうか?小学校しょうがっこう算数さんすう感覚かんかく数学すうがく世界せかいに足をむと、解かりにくくなる。

 小学校しょうがっこう算数さんすう基本きほんてき自然数しぜんすう世界せかいで、少数しょうすう分数ぶんすう登場とうじょうしても身のまわりの生活せいかつ実感じっかんできる内容ないようばかり。一方いっぽう数学すうがくではすうのように整数せいすうへの拡張かくちょう本格化ほんかくかするし、さらには虚数きょすう論理ろんり数式化すうしきかなど、抽象ちゅうしょうてき概念がいねんてきな話が増えてくる。日常にちじょう生活せいかつ感覚かんかくとらえにくいか、ぎゃく日常にちじょう生活せいかつのさまざまな事象じしょう数学すうがくてきとらえようとすると、中高ちゅうこう水準すいじゅんでは足りずもっと専門せんもんてき複雑ふくざつ数学すうがく要求ようきゅうされてしまうという何とも中途ちゅうと半端はんぱ状態じょうたいに置かれる。そして、「数学すうがくなんて勉強べんきょうして何の役に立つの?」という文句もんくわる。コンピューターのプログラムも数学すうがくてき概念がいねんで作られているし、大砲たいほうたまひとつ飛ばすのもむかし数学すうがく計算けいさんしていた。きゅう体積たいせき計算けいさんするのは小学校しょうがっこう算数さんすうでもできるが、ラグビーボールのように楕円形だえんけいだったり形状けいじょう変化へんかしていく物の体積たいせきであれば微分びぶん積分せきぶん概念がいねん必要ひつようになってくる。しかし私は最初さいしょ数学すうがくに触れはじめてから一度いちどもそういった事は教えられなかった。それが特異とくい環境かんきょうだったのか多数派たすうはなのかは知らないが、今しがたならべたれいにしても、結局けっきょく授業じゅぎょう已外いがい場面ばめん自力じりきで気付く事になる。前回ぜんかいの「×かけるせい」という概念がいねん理解りかい仕方しかたにしても、大学だいがく時代じだい生命せいめい科学かがく先生せんせい情報じょうほう処理しょり延長えんちょうとして数学すうがくのやりりをする中でつかんでいったもので、小𝟔しょうろく𝟑月さんがつ中𝟏ちゅういち𝟒月しがつおそわったものではない。むしろ「×かけるせい」でなやんだくちで、それ已前いぜんに、小学生しょうがくせいのころ親から「𝟎というのは何もいという事」とおそわっていたため、「何もいのになぜすう存在そんざいできるのか?」とマイナスの概念がいねんそのものの理解りかいつまずいていた。だれもそれについて教えてはくれなかった。授業じゅぎょうではただそうなるとだけであとはひたすら問題もんだい問題もんだい授業じゅぎょう目的もくてきは「子供こども数学すうがく理解りかいさせるため」ではなく、「𝟐年間にねんかん中学ちゅうがく数学すうがくを終える事」という学校がっこうだったので、そういう根本こんぽんてきな話についてかんがえる機会きかいは無かったし、そういう事をかんがえるという発想はっそう学校がっこうには無かったかも知れない。教科書きょうかしょは軽く流して問題もんだい、そして問題集もんだいしゅう使つかって問題もんだい解説かいせつ。その準備じゅんびために何十問も毎日まいにち解いて行く日々で余暇よか自分じぶんかんがえる時間じかんも気力も無かった。たん基準きじゅんを𝟎としているだけであって通過点つうかてんに過ぎないという事が理解りかいできたのは高校こうこう以降いこうだったとおもう。これも人や本に教えてもらった訳ではなく、自分じぶんで気付くしかなかった。

 そういう経験けいけんからおもうのは、算数さんすうから数学すうがく移行いこうするため説明せつめいや慣れが必要ひつようになるんじゃないかなという事。小𝟔しょうろく担任たんにん先生せんせい元々もともと中学ちゅうがく数学すうがく先生せんせいだったので、𝟑学期さんがっき受験じゅけんが終わったあとにたのめば放課後ほうかごにでも数学すうがくを教えてもらう事はできたろうし、そういう疑問ぎもんをぶつけても対応たいおうしてくれる人だったので、もったいない事をしたなとは思った事がある。数のとらかた再確認さいかくにん数学すうがく用への修正があれば、「−」を「引く」という作業さぎょうから「正反対せいはんたい」という方向ほうこうえる記号きごうとしての役割やくわりも持ってくる事が含まれてくるし、「×かける」という記号きごうが加える動作どうさ試行しこう回数かいすうを表しているのだと改めて意識いしきする機会きかいも生まれる。読解力どっかいりょく発達はったつには差があるのですぐに全員ぜんいん理解りかいできるわけじゃないだろうが、時間じかんをかけて慣らすこともできる。そのてんえば、すぐに理解りかいできなくても問題もんだいい。ずっとかんがえていればそのうち理解りかいできる。成績せいせきすことと理解りかいすることは必ずしも一致いっちしていないし、国語力こくごりょく必要ひつよう世界せかいなので一朝一夕いっちょういっせきにはいかない。たいていの人は十分じゅうぶん国語力こくごりょくがついたころにはもう嫌いになってしまっているかも知れないが。

 こういうのは恐らく、よくかんがえる子ほど分からなくなってくる、何もかんがえずに丸暗記まるあんきする子の方がすんなりと移行いこうできるんじゃないかとかんじる。受験じゅけん数学すうがく暗記あんき科目かもくだと断言だんげんする人もいるくらいで、実際じっさい私もそうかんじる。チャート式で解答かいとうが𝟏頁かそれ以上いじょうあるような証明しょうめい問題もんだい丸々まるまる暗記あんきして試験しけん点数てんすうっていた人もいた。暗記あんきをしなくても自力じりきかんがえて解ける人はいるが、それなりの慣れと速さが要求ようきゅうされるので、結局けっきょくかなり頭のい人でないと追いつかない。試験しけんでは制限せいげん時間内じかんない正解せいかいせれば手段しゅだんは問わない。かんがえようが暗記あんきの吐きしをしようがカンニングしようが、採点さいてん基準きじゅんを満たせば点数てんすうになるし、どんなに一生いっしょう懸命けんめいかんがえて解けても、制限せいげん時間じかんを超えてしまうようであればまったかんがえないであきらめた人と同じ扱いになってしまってもおかしくない。試験しけんの形式によってはかんがえる過程かていを記しただけでそれなりの部分ぶぶん点をもらえることはあるが。高𝟏こういちの時に全統ぜんとうハイレベル模試もしという東大とうだい模試もしなみの問題もんだい一般いっぱん模試もし扱いでやらせる企画きかくにぶっつけで参加さんかさせられたさい、暗記あんき苦手にがてでそもそもおぼえる気すら無かった数学嫌すうがくぎらいの私が定期ていき試験しけんの時と学年がくねん順位じゅんいがひっくり返ったなんてことが起こったのだが、それはたんにぶっつけ本番ほんばんかんがえる事や解からない事にも慣れていて、解からないのは当然とうぜんでその中で何ができるかをかんがえる;やってみるという普段ふだんどおりの手法しゅほうで臨んだ私に対して、試験しけん範囲はんい過去問かこもんも無く見たこともない問題もんだい早々はやばやあきらめてしまったりどうしていのか解らず混乱こんらんしていた人達ひとたち大勢おおぜいいたというその差でしかなかった。

 眠いので詳細はまた今度こんどにするが、こういう経験けいけんを踏まえても、いくらアイクティヴ・ラーニング(以下、唈学おうがく)を小学校しょうがっこう経験けいけんしたって、そのあとの課程かてい唈学おうがく経験けいけん対応たいおうしていなかったら結局けっきょくただの体験たいけんコーナーに終わって定着ていちゃくしないか、中等ちゅうとう教育きょういく教師きょうし対応たいおうできず否定ひてい混乱こんらんにいたるのではないかという懸念けねんは持っている。私は小学校しょうがっこう𝟔年間ろくねんかんのうち𝟑年間さんねんかんは、今でうところの唈学おうがくとほとんど同じ思想しそう授業じゅぎょう経験けいけんしているが、中学ちゅうがく高校こうこう大学だいがく*;企業きぎょうではそれらを全否定ぜんひていされた経験けいけんを持っているので、同じような被害者ひがいしゃ続出ぞくしゅつするのではないかという危懼きぐは持っている。

*大学だいがくに関しては個々の教授に否定ひていされたのではなく、入試制度や大学だいがく教育きょういく全体の方針という意味いみで。
posted by Marimó Castellanouveau-Tabasco at 23:56| 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする