2018年05月06日

就活学生が読んではいいけないお話③

 『機動戦士ガンダム ジ・オリジン』(以下、『弁当』)の映画公開に合わせて宣伝がてら総監督の安彦良和やすひこよしかずさんが市川紗椰いちかわさやさんのラジオ番組に出演するという告知こくちをこの前目にしたので、試しに期間限定で無料公開されていた先週の番組を聴いてみた。そして、録音できた方が場を離れられてありがたいという事でソフトを探してみたらすぐにつかった。その試験も兼ねて、昨日の番組を録ってみた。

 普段ラジオ聴く事がほとんどいのでインターネットラジオは今回の一連が初体験。つながってくれれば雑音や電波状況じょうきょうを気にする必要ひつよういのはありがたい。市川さんは𝐓𝐕のニュース番組で知った人だが、他にラジオ番組もやっているというのは𝐓𝐕のニュース番組をやっていた時期にちらりと耳に挟んでいた。今回の件が初聴。𝟓𝟒分ほどの番組で間に歌曲が𝟑回ほど流れて、𝐂𝐌とかもあるので実質𝟑𝟓分くらいだろうか?

 昔からアニメ情報誌を読む習慣が無かったので裏方関係はほとんど知らないのだが、安彦さんはガンダムのあと、漫画家やっていたらしい。現代の水準ではるに堪えない『機動戦士ガンダム』(以下、『初代』)をどうにかするために新しく『弁当』を作る事になったらしいが、映像は当初念頭にあった訳じゃないそう。ガンダムの漫画をはじめるとガンダム漬けになって他の事ができなくなるのが嫌で断っていたが渋々というかんじで。漫画とアニメを行ったりたりする作家は珍しいらしい。て非なるというかんじなんだろうか。そういう俗っぽい物が下されていた世代なので、最近の、アニメを高尚なものとして評価する風潮には否定的らしい。手を抜いて作られている物だから褒めるほどじゃないと。その中でも最近亡くなった高畑勲たかはたいさおさんは手の抜き方がうまいとかんじたそうだ。

 手を抜きつついかにてくれを好くせるかが腕のせ所というのは建築関係でもわれていた。しかし近年きんねんの気密性や耐震性、さまざまなインフラの装備そうびを重視した構造では精度も求められるようになっており、そうなると人の目をごまかせればそれでいいともえなくなってきている。それに対応たいおうできる人材はそうおおくはなく、養成もまた簡単ではない。結果、工場量産の方が安くて精確ということで重宝ちょうほうされるようになった。已前いぜん、木造家屋をクレーンで組み立てている様子をながめていた時、「まるでプラモデルだな」とかんじたことがある。最近もちょうど

家造りから「大工」がえる?効率こうりつの光と影


という記事が出ていた。𝐓𝐕で髪の毛ほどの厚さを調節ちょうせつする職人などが紹介され過ぎて、日本人なら伝統的にみんなそういう事ができるかのような錯覚も起きてしまいそうだが、実際にそういう事ができるのはほんの一握りの才能と努力と経験のある人だけ。今の好きな事に向かって逆算して夢を叶える云々の教育方針ではそういう人材は益々減るだろう。正確無比なオタクが一人二人いるだけでは短い納期と安い給料で複雑な構造物こうぞうぶつの量産は継続的に行う事ができない。これはアニメイションでも通じる面がある。安彦さんはアニメへのコンピューターの導入は作業が楽になったと歓迎していた。今はまだ人の介在が欠かせないが、将来的には更に機械きかいすすめられるかも知れないし、そうでないと現場がもちそうにないともおもう。そして世の中のさまざまな場面で本質的に同じ様な問題は起こっている。人が精確と時短じたんの追求をして機械きかいを求め、人の存在が不要か足手まといになっていく。自動運転の技術も現状ではまだ対応たいおうできていない場面が紹介されているが、対応たいおうできる範囲では機械きかいの方が正確でむしろ人間にんげんの方が事故を起こしやすい事がわかっている。将来、人間にんげんが手動で運転するのは趣味の域になり、事故を起こして趣味のドライヴァーがたたかれるということも珍しくなくなるだろう。

 安彦さんはアニメ業界に居ながら余り他人の作品は観ていないそうで、仕事と趣味の境もあいまいとのこと。趣味をきかれるのはこまると。旅行には行きたいが、趣味が実益を兼ねて取材旅行になってしまう。前回の放送ほうそうでも、この番組にる人は仕事とプライヴェイトがあいまいな人がおおいと市川さんが言っていたが、これは「就活学生が聞いてはいけない言葉」と考えておいた方がいだろう。「趣味は○○です」とか「××に興味があるのでこれを観ています!それを勉強して資格をりました!あれをするのが夢なので夢の実現の為に△△を努力しています!」……と、三段論法並みの単純かつ直結した思考と行為によって全ての事が杓子定規にきっぱり縦割で答えられないと「自己分析ができていない」「業界研究をしていない」「目標がい」「やる気や情熱がかんじられない」として優秀な人材とはみなされない。人工知能にそれを刷り込んで判定させる風潮も出て来ているので、なおのことあいまいな話は嫌われるだろう。「手を抜く」なんてものは禁句になってしまう。
posted by Marimó Castellanouveau-Tabasco at 23:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする