2018年04月05日

総髪頭を叩いてみれば、王政復古の音がする

 姓氏研究家の森岡さんがこんな記事を紹介していた。

https://twitter.com/h_morioka


 苗字に五輪[ゴリン]は無く、[イツワ]か[ゴワ]。地名では長崎県五島市に五輪[ゴリン]が。また福島県猪苗代町に五輪原[ゴリンパラ]が在るそうな。

 試しに「ごりん」で変換してみたら、上記記事に出ていない地名も在った。東北に多いよう。

宮城県 西部 栗原西域 栗原市 鶯沢袋 五輪
宮城県 東部 登米栗原東域 栗原市 高清水 五輪
宮城県 東部 仙台東域 仙台市 宮城野区 五輪
岩手県 内陸部 奥州金ヶ崎域 奥州市 水沢区 五輪


 同じ栗原市なのに東部だったり西部だったりするのは合併して大きくなっているから。これは気象警報の区分を援用したものだが、現地に住んでいる人は自分が東部に属しているのか西部に属しているのかちゃんと把握しているのだろうか?他に奈良県五條市や滋賀県大津市も場所によって北部だったり南部だったりする。奈良県はさらに、気象警報だと北部と南部に分かれるものの、地震の震央地名では単に奈良県だけだったりして、分類の仕方が異なる。

 東京都も多摩地方は気象警報なら南部;北部;西部の𝟑つ、震央地名なら東部;西部の𝟐つと分け方が違う上に、多摩西部の中身も異なる。


震央地名気象警報
多摩東部多摩北部&多摩南部&多摩西部(瑞穂町&羽村市&福生市)
多摩西部多摩西部{青梅市&あきる野市&西多摩郡(奥多摩町&日の出町&檜原村)}


 おそらく現地人も気づいてない人の方が多いと思う(笑) 触れたついでなので以前から、そのうち情報処理の話題としてやろうと思っていた話もしようと思う。その前に苗字の話題を片付けるが、[ゴリンパラ]に関しては記事に在った福島の他に、宮城も出て来た。

福島県 会津部 北域 耶麻郡 猪苗代町 五輪原
宮城県 西部 栗原西域 栗原市 鶯沢 南郷 五輪原


 仏教の五輪塔と何か関係があるのかも知れないが、苗字には無いというのは面白い。逆に苗字にあるというイツワやゴワは地名には出てこなかった。なお、五輪[ゴワ]という苗字は自称『実在苗字辞典』には出て来ない。

 さて、先程予告した話だが、以前「けまして、ゆみとうございます②」で話題にした階層化の話になる。すでに幾つか地名を出しているように、住所地も階層化がされている。都道府県や市区町村のように。しかし実際に各地の住所地を一覧していくと、郡が中途半端に残っていたり、あざがあったり、町が[チョウ]だったり[まち]だったり、丁目や地割など地域によって違ったり……と統一感が無い。こういうのは狭い範囲では問題無いが、規模が大きくなってくると処理が面倒になってくるのであまり良いことではない。しかし、江戸時代以前からの地名や明治時代以降の様々な制度改正の中で複雑になったという歴史的経緯があるのでまだ納得はできる。

 市区町村は𝟏𝟓𝟎𝟎以上在るので全部の名前と位置をおぼえていない私は、名前を聞いただけで直ぐに場所が想像できない場合があることに面倒を感じて、都道府県と市区町村の間に中間分類を私設してみようかと考えた。最初は行政組織の分類を利用しようと、かつての支庁制を参照してみた。現在でも支庁や地域振興局という形で組織区分が残っていることは多いが、なぜか都道府県によって名称が違ったり、また境界が、小さな地区の中で複雑に分かれていることがあったりして扱いづらいことが判明。そこで文化や経済との関係が深い、地形による分類を使っているだろうと気象警報での区分を参照してみた。

 気象警報の区分は天気予報で見慣れているし、住んだことのない地域でも台風など特殊な災害報道の時に耳にすることが多いので扱いやすいと思ったが、実際にその区分を適用して分類してみると、先程述べたような、行政上の区分と必ずしも一致しない場面が出てきたり、地震の震央地名とも異なっている場合があることがわかってきた。また、自分の住んでいる地域ではちょっと大雑把じゃないか?北部と南部と西部では天気や寒暖が明らかに違うぞと感じたりもしている。

 階層化という点では名称の決め方に疑問がある。気象では大きく分けると東日本や北日本といった分類があり、次に関東地方、東北地方といったものがある。更に都道府県があって、その下に北部や南部など。そして更に横浜川崎;湘南;三浦半島のような市区町村をいくつか集めたまとまりがある。そこまではいい。問題は、「地方」や「北部」といった単位の使い方がはっきりしない事。算数や理科では小学校から「単位をそろえる」という視点を教わり、何度も指摘されることかと思う。専門的な物理や数学でもこれは重要になる。メートルなのかミリメートルなのかキロメートルなのかで話は変わってくるし、𝟏𝟎³と𝟏𝟎⁵も単なる𝟏𝟎ではない。比較をする際はどれかに合わせる必要がある。これは比較や計算がしやすいだけでなく、整理がしやすいという効果もある。手書きでもコンピューターでも閲覧でも。

 ところが気象警報の各階層に使われる単位は厳格ではないため、関東地方もあれば東京地方もあり、多摩地方もある。大阪府が北部と南部だったかと思えば、東京を多摩と𝟐𝟑区にわけて、その下で多摩東部;多摩西部、𝟐𝟑区東部;𝟐𝟑区西部といった使い方をしている。岩手県は沿岸北部と内陸部に分けている一方、宮崎県は北部平野部と北部山沿いという分かれ方で名称が違う上、部を𝟐回使っていたり、対応する地域の一方には部が無かったり。もう無茶苦茶。これだと一聴しただけではどの階層の話をしているのかわかりにくい。情報処理としてはやってはいけない手法なので、私的なものであれ学校や仕事上の課題であれ、分類や命名を行う際は反面教師としておぼえておいて欲しい。

 また、命名や分類を行うさいは、今現在必要な範囲で上手くいっていても、将来的に規模が大きくなったときにどうなるかも含めて全体を俯瞰した上で行う、拡張性を持たせた手法を選択することを忘れないようにする。これによって余計な変更や不案内な領域の追加による混乱は避けやすくなる。また、変更する際は必ず全体を修正する。必要な部分だけを変更すると、様々な様式が混在することになって、これも効率が悪くなる。分類という作業は情報処理に必要な、ミクロの視点;マクロの視点;時間的経過の考慮;異質なもの同士の接続の考慮;先を見通して物事を行う……といった様々な要素が出て来るので良い訓練になる。小さい頃から自分の趣味の範囲内で、自分のやり方で分類をしてみる、それを園児、児童、中学生、高校生……と各年齢や実力の段階で行う機会を持った方が良い。自由研究でも普段の趣味や記録でも、部屋の整理でも、行う機会はいくらでも持てる。

 個人的には結局、既存の分類をベースに、最も大きいものに「地方」を、「部」は都道府県の直下にくる分類に、その更に下は「域」という単位を新設して、機械的に名前を整理した。沖縄県と北海道はそれだけだと足りないので「部」と「道県」の間に「方面」という単位を入れた。これは「東日本方面」のような使い方もされるが、その階層では使わないようにする。

 市区町村以下に関しては、読み方が異なる「町」や「村」は「甼」と「邨」の字を導入して区別。更に下は合併の関係で旧市区町村名が残っている場合もあって、地区名との区別がわかりにくいので、字[あざ]を大𡥜;中𡥜;小𡥜に分けて機械的に適用。

 これだけ整理してもまだ面倒なものはあるが、だいぶ把握がしやすくなった。気象の方をしっかりやっておけば、地震の震央地名はかなり応用がきく。また、地震の場合は世界とも直結しやすいが、世界の方は英語分類がわりとまともな規則的命名を行っているので把握がしやすい。それでも意味があって区別しているのか慣習上違うだけなのかはっきりしない名称が一部あるにはある。しかし全体的には、日本人の非論理的思考と欧米人の論理的思考の違いはこういう制度上機械的に割り振れるチャンスを持っているものでさえ差が表れる点でも見えてくるなと感じた。

 地域差があるのは悪いことではないが、大きな目でものをみる時には、統一性;一貫性;改変も必要になるので、個人単位で私的にでも経験はしておいた方が良い。いくら現地に行こうが、英語で世界の情報を仕入れようが、頭の中で整理出来ていない;階層の差異を理解できていないのであれば、本質を捉えたり正しく比較をしたり想定外を最小にしたりするのは難しくなるし、単に流行っているものや目立つものを持って来て「これが良い、反対するのは内向き」と言うだけになる。結果、問題をひろげて後始末をしない無責任、かつ短期的に成果があるようにみえて長期的には袋小路に導く自称外向になってしまう。「リーダーを育てる教育」というのも、単に現場へ行った;(言われた通りに)実際にやったという思い出づくりをするだけではなく、素材をどうみるのかの視点を与え、試しに(自分で考えた方法で)やらせてみてるという作業が伴わないと、効果は無いだろう。
posted by Marimó Castellanouveau-Tabasco at 06:55| 情報処理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする