2018年02月16日

カーリング 菓子 準決勝 チーズあじ𝐯․𝐖コンソメ味

 せっかくなので情報処理の話に関しても時宜に適った話題をしてみよう。

 連日五輪の試合が中継されている。普段見ないような競技の中継でも何となく見る人もいるかも知れないが、同じようにダラダラと𝐓𝐕で時間を潰すにしても、その機会で何を得て、それがのちにどう影響するかは人によってかなり異なる。

 以前、「白の頌歌「寒気に寄せる」を凍結合唱に持つ、大鉄道網・四方の航空網・市井の道路網の為に作曲され、南岸・日本海・低気圧が冬将軍閣下に深い敬愛の念を以て捧げる交狂曲 作品𝟐𝟎𝟏𝟖 第Ⅲ愕章」で日本地図や都道府県名、県庁所在地名は頭に入れておいた方が良いという話をしたが、地球レベルでもそれは言えることで、白紙に大まかな世界地図が描けること、世界の全ての国の大まかな位置と名前、首都名が言えること、そして国旗を見てそれがどこの国のものなのか言えるということは早いうちにやっておいた方が良い。国名や首都名は正式名称である必要はなく、慣用名でかまわないし、国旗は別に白紙に描ける状態にまでする必要はない。見てわかれば十分。そうは言っても好きな子は片っ端からおぼえてしまうものだが。

 園児くらいの年齡では通常、言葉を盛んに記憶する時期というのがあるので、大人がびっくりするくらい物おぼえがよくなる。中身をちゃんと理解しているのかはまた別だが、とにかくよくおぼえるし、忘れない。また、忘れても大人になってから思い出すのが容易だったり、一度思い出すと中々忘れなかったりする。なにより難しいことといった苦手意識や嫌悪感がなく、何も感じないとか懐かしいといった感覚で扱えるようになる。なので、興味があったり嫌がっていないのなら、どんどんおぼえさせてしまった方がいい。ある程度年を取ってからだと、なかなかおぼえられなくなっていたり、一夜漬程度におぼえてもすぐに忘れる、暗記をすること自体が億劫になったり、また他にもおぼえることややることが多くて時間が足りない、全てに手が回らないということにもなってくる。さまざまな条件で年を取るほど不利だ。それは高齢者でなくても、𝟏𝟎代𝟐𝟎代でも同じ。若者とか少年少女、青年というのは言い方を変えれば草創期高齢者、前期高齢者みたいなもの。以前、後期高齢者という言葉に反発する人が出た話があったが、おそらく𝐭𝐡𝐞 𝐥𝐚𝐭𝐞−𝐩𝐞𝐫𝐢𝐨𝐝 𝐞𝐥𝐝𝐞𝐫𝐥𝐲などの訳語じゃないかと思う。国際的な報告書でも似たような区分はみられる。そのころ、「後期があるなら前期もあるよな。まるで歴史年代の区分みたいだ。縄文時代みたいに早期や草創期もあるのだろうか?(笑)」と冗談半分でならべてみたことがある。

𝟏𝟓歳〜𝟐𝟒歳 草創期高齢者
𝟐𝟓歳〜𝟑𝟒歳 早期高齢者
𝟑𝟓歳〜𝟒𝟒歳 初期高齢者
𝟒𝟓歳〜𝟓𝟒歳 前期高齢者
𝟓𝟓歳〜𝟔𝟒歳 中期高齢者
𝟔𝟓歳〜𝟕𝟒歳 盛期高齢者
𝟕𝟓歳〜𝟖𝟒歳 後期高齢者
𝟖𝟓歳〜𝟗𝟒歳 晩期高齢者
𝟗𝟓歳〜𝟏𝟎𝟒歳 終期高齢者
𝟏𝟎𝟓歳以上 末期高齢者


 もちろんこんなものは記憶する必要はない。おぼえるなら
高齢者 国連⇒𝟔𝟎歳以上。𝐄𝐔⇒𝟔𝟓歳以上
後期高齢者 𝟕𝟓歳以上


のほうだろう。そのうち更に引き上げられることになるだろうから、更新前提だということも意識しておいた方がいい。

 このように、同じおぼえるでもどうでもいいものと、おぼえておいて役に立つものがある。好きでおぼえるのであれば別に役に立たないものでも駄目だと言って押さえつけてしまう必要はないが、機会を提供するのであれば、一度おぼえるとずっと役に立つか、あとで他のことをするさいに応用がきく拡張性の高いもの、大きくなってからだとおぼえるのが面倒なものに絞っておいた方がいいとは思う。

 その代表格が先ほど挙げた世界の国旗・国名・首都名と世界地図になる。他に世界の文字や発音、古典の文章、元素記号などもいい。元素の名前や記号は幼児期に触れる機会がなかなかないのでおぼえる機会がないと思うが、中学以降どのみちある程度はおぼえないといけないし、また知っていると化学や物理だけでなく、生物や医療・健康関連でも、地理・地学・経済でも、芸術・音楽でも、さまざまなジャンルで名前が出て来ることになるので損がない。知らないと造語や商品名なのか、元素名なのか化合物名なのかの区別すらつかないという状態で、不慣れな科学用語がならんだ解説を耳にしたさいの理解が少し遅れる。その少しの差がたまると、何を言っているのかわからないという度合いが大きくなってしまう。元素の記号や名前は一度おぼえたら変わらない漢字のようなもの。数も𝟏𝟐𝟎近くしかない。素粒子名を含めても𝟏𝟒𝟎弱なので、軽々と頭に入るうちに入れてしまった方がいい。文部科学省のサイトで周期表はダウンロードできるし、ウィキペディアでも確認できる。印刷して壁に貼っておいたらいいと思う。

 九九も、正式に習うのは小𝟐の𝟑学期ごろだが、幼稚園児がおぼえてもかまわない。理解しているにこしたことはないが、意味はまだ分からなくてもいい。そしてできれば𝟗の段にとどまらず𝟐𝟎の段、余裕があればもっと上までおぼえておいたらいい。実際、幼稚園で教えているところもあるようで、以前𝐓𝐕で紹介されているのを見たことはある。歌でおぼえていたが、これは頭に入りやすい。私も小𝟐の𝟏𝟐月に九九は歌でおぼえて、𝟑学期の授業で九九を扱うようになったころにはもう頭に入っていた。なので計算の宿題や百桝計算は非常に意味の無いものだった。おぼえるためには有効だが、既に頭に入っているものを何回書いても手が疲れるくらいしか効果はない。百桝計算の競争も小𝟑の時によくやったが、覚えている子にとってはもはや「いかに速く書けるか」の競争でしかなく、意味がないと当時もう感じていて好きではなかった。ちなみに、百桝計算競争の上位常連には、算数が不得意でない子が入っていたが、速い子が算数全般に得意というわけでもなかった。要するに、算数できる人は速いが、速い人が全員算数できるという訳ではないということ。文章題や人に説明したりする能力は読解力や表現力が重要になってくるので、そろばんや公文の単純計算や百桝計算だけでは対応ができない。

 もちろん、おぼえるのが遅い子もいるので百桝計算で競争させるのは悪いことではないが、すでに出来ている子は𝟏𝟎の段以降をやらせた方がいい。その方が役に立つ。私は当時𝟏𝟎の段以降をするという発想が無かったし周囲にもそういうことをしている人がいなかったのでやらなかった。中𝟐の時、数学の先生が、おぼえておいた方が時間の節約になるので、せめて自乗だけでも𝟐𝟎²まではおぼえておけという話をして、初めてそういう世界を知った。実際、自乗だけでもおぼえておくと計算の手間が減る実感はたしかにあった。だが、他の組み合わせに関してはおぼえるのが面倒だったので結局おぼえていない。先ほど述べたように、中学以降はおぼえることが増えるしやることも多いので、義務でないなら好きか余程暇でない限りなかなかおぼえる気力がわかない。

 ほかに、大人になってから強いておぼえようという気にはなれないが、おぼえておくと役に立つことがあるもので言えば、日本の元号だろう。大化の改新の大化に始まり、平成まで……𝟗𝟓くらいだろうか?存在する。﹙※追記:𝟐𝟒𝟕が正解。﹚これらの名前と西暦との対応を頭に入れておくと、歴史の解説や古い史料を目にする機会があっても時期の把握がしやすい。昔は一年刻みではなく元号単位で時期を説明することも多いので、例えば「元禄年間」と言われたら「𝟏𝟔𝟖𝟖~𝟏𝟕𝟎𝟒年で元禄の前は貞享、元禄のあとは寛永」だとパッとわかると、内容の理解がそれだけ早くなる。細かい年代までは無理でも𝟏𝟕世紀末頃くらいと分かればいい。最低でも明治・大正・昭和・平成は小学生レベルでもう頭に入れておいた方がいいし、日本で生活する外国人でもそれは同様。元号自体は私年号や朝鮮・中国・ヴェトナム等のものも含めると膨大な数になるが、さすがにそれらはおぼえておく必要ない。

 ちなみに歴代天皇名に関しては、たまにおぼえている人がいる。特にお年寄りでは。私は中𝟐の𝟐学期の中間試験の試験範囲に天皇名が多くてややこしかったことから、どうせなら順番に全部おぼえてしまえと後三条天皇から後醍醐天皇までは暗記した。語呂がよかったので暗記が苦手な私でもわりと簡単に頭に入った。

 せっかくおぼえたのに試験が終わったら忘れてしまうのはもったいないと思い、その後も前後に拡張して神武から今上まで南北朝含めて授業中の暇つぶしにおぼえてみたので、現在でも𝟗割くらいはスラスラ言えるし、書き出していけば全員を出すことは可能だと思う。しかし、役に立つ度合いという点で言えば、元号ほどじゃないなと感じる。一応、マイナーな天皇の名前が登場してもすぐに全体の中でどの辺りかというのはわかるが、単に名前をおぼえているだけでは無意味なことも多く、やはりその人の事績や時の権力者・重要人物なども含めて知っていることが大切になる。

 私は別に歴史が好きでおぼえたというわけでもなく単純に試験のためにおぼえたついでだっただけだが、身近にいた小さい頃から歴史が好きだった人は、歴代天皇をスラスラと全員口に出して言えるわけではなかった。それでも名前を聞いたり、その時代の話となればどういう人でどういうことがあってというのはちゃんと話ができていた。歴史の「用語を暗記する」のと「流れを理解する」のとの違いはこういうところにある。そして、理解することが重要な年ごろに暗記ばかりに時間を奪われてしまったり、それができたことで「出来た・理解した」と自信を持ってしまうことは危険でもある。「叡智最小情報馬鹿」な大人になってしまう。

 そんなわけで、単におぼえた・知っている程度では意味は無いが、おぼえていると役に立つ・さらなる理解が速くなるようなものは、意味もわからずとにかくおぼえる・それでも許されるような一桁の年齢のころにできるだけやってしまった方がいいと思う。
posted by Marimó Castellanouveau-Tabasco at 23:59| 情報処理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする