2018年02月09日

ゑいのためとしてゐをするとなしたり③


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 次は「爲」より右側の漢字について触れる。ここからは実用的な話が主体となる。

 まず、漢字を学びたい外国人は赤字の「」か右側の青字「」をおぼえればいい。とりあえず他は忘れる。右側の青い字は大陸の中国語をおぼえたい人むき。一方、赤いのは日本語や台湾での中国語をおぼえたい人むき。

 台湾の漢字教育事情は知らないので日本に限定するが、「為」という漢字は日本では中学で習うことになっている……らしい。個人的には中学以降漢字で困ったことがないので記憶に無い。一応、おぼえ始めて𝟕年目以降、𝟏𝟑~𝟏𝟓才でおぼえる漢字ということなので、日本語や漢字を学び始めてすぐに知っておくべき字ではないが、日本で生活するなら知っておきたい基本的な漢字ではある。

 中学で習う、つまりあとの方で出て来るというのは、字形が少し特徴的だからだと思う。組み合わせとしては

丶丿⺂⺂𠃌灬


という構成になっているのだが、これはパーツにばらすより「為」という漢字としてまとめておぼえてしまった方がいいかも知れない。この漢字をおぼえておけば、「偽」も簡単におぼえられる。というより日本では通常、「為」と「偽」でしかこの形は使わない。

 漢字のおぼえ方もついでにやってしまうか。これは小学生・漢字が苦手な大人・日本語を覚えようと思っている外国人に関係なく共通して言えることになるが、まずは、カタカナおぼえてください。これをいつでもどこでもスラスラ読める・スラスラ書けるようにすること。話を聞いていると、どうも「日本語の読み書きを学ぶ﹦漢字をおぼえないといけない」という頭がある人がいるようだが、カタカナは単なる表音文字として主に外来語などに使うだけでなく、漢字をおぼえるための基礎になるので、カタカナをしっかり身につけておけば、あいまいにしたまま漢字をおぼえ始める人より有利になる。これは外国人だけでなく小学𝟏年生でも同じこと。

 日本では基本的に幼稚園のころ(𝟒~𝟔歳)、ひらがなとカタカナはおぼえてしまっているはずだが、小学𝟏年生の一学期の段階でもまだあいまいな子がいた記憶がある。小𝟏ではすぐに漢字は出て来ないと思うが、授業では教科書を使うので、仮名文字の読み書きが不自由だと、そのことに労力を使って肝腎の授業の中身の理解が遅れてしまう。漢字が出て来ると更にわからないことが増えてしまう。学習障碍やそこまではいかなくてもおぼえるのに時間がかかる子は、多少遅れてもまずは仮名文字をしっかりできるようにしておいた方がいい。遅れているからといって焦って新しい漢字を入れようとすると、どれも中途半端に終わってかえって混乱し、やる気をなくすだけ。習熟度別学習を採用していない日本の学校教育の欠点ではあるが、基礎は時間をかけてでも完璧にしておいた方がいい。

 漢字のおぼえ方にはいくつかの方法がある。𝟏つは、見ておぼえる。見ているだけで頭に入ってしまう便利な脳みそを持った人がいる。これだけで𝟐𝟎𝟎𝟎字近い常用漢字を頭に入れてしまえる人はごく一部の才能を持った人に限られるだろうが、いないことはない。こういう人に対して、ひたすら書けだの本をたくさん読めだの押し付けるのはただの虐待でしかない。そんなことしている暇があったら他のことをやらせるか、さらに先に出て来る漢字を覚えさせたほうがいい。人間の能力はみんな同じではない。

 そこまで視覚の記憶にすぐれていなくても、ある程度目にしているうちに自然と頭に入ってしまうことはある。ここが「現地で生活している人」「ネイティヴ」の有利な点。新聞なり本なりテレビなりインターネットなり、どこかしらで漢字は目にすることになる。なので、「本を読むことで漢字をおぼえる」という意見は間違ってはいない。ただ、今言ったように、本でなくても漢字はたくさん使われているので、よく目に入る字をそのたびにおぼえるというのも一つの方法。私は小学校に入って学校で習ってから初めて漢字をおぼえ始めた人間だが、幼稚園の時点ですでに漢字をいくらか読める子がいた。今でも記憶に残っているが、年長の時に本を読んでくれる授業で、『太陽・月・わく星』という図鑑が紹介されたさい、先生が「読める人いる?」と訊いて「たいよう・つき・わくせい」と即答した子がいた。私は「漢字は小学校に入ってからおぼえるもの」と思い込んでいたので、漢字を読めることがすごいと感じ、強く印象に残ったのだが、その子が何らかの幼児英才教育を受けていたのか、好きでおぼえていたのかは知らない。ただ、別に英才教育でなくても字に興味を持って、小学校に上がる前からもう自動車のナンバープレートに書かれた漢字を親に教えてもらいながら読み始めていた子もいたので、「お金がないから塾にいけない。だから成績が悪い」みたいな理屈には共感できない。太陽の「陽」は小𝟑くらいで習う漢字なので、幼稚園児がおぼえたところですぐに試験の成績に役に立つわけではないし、それは自動車のナンバープレートに出て来る漢字や地名でも同様。「試験のためにおぼえるのが当然➝試験に出なければおぼえるわけがない➝おぼえているのは試験のために違いない」といった思考の展開を「分析」「推理」として平然と行って疑わない大人もいるが、そういう視野の狭い小さな発想になってしまわないようにすることのほうが大切かと思う。

 かといって、常に先取りしないといけないかというと、そう焦る必要もない。私は小学生のうちはほぼ全ての漢字を学校で習った日に習った順番でおぼえた。習う日より前におぼえたのは、ほんのいくつかの教育漢字と、学校では習わない特殊な漢字をわずかだけ。できる子・興味のある子には機会を与えればいいが、遅れている・おぼえるのが他の人にくらべて遅いわけでもない場合は、無理に押し付けることもないとは思う。ただ、負担に感じていないのなら先におぼえておくとあとで楽は楽なので、その辺は状況をみて判断するしかない。

 外国人の場合は遅れておぼえ始めることが多いので、とりえあず目先の生活や仕事で必要な漢字をおぼえることを優先させたくなるとは思う。複雑な漢字でも苦にならない人はそれを見たり読んだりしておぼえたらいいが、そうでないなら、子供と同じように、小𝟏で習う漢字からおぼえた方がいいと思う。習う順番はある程度考えられていて、簡単なもの・よく使うものから出て来る。カタカナとともに、基礎的な漢字を頭に入れておくことは、より複雑な漢字をおぼえるさい有利になる。急がば回れ。どうしても急ぎたいのなら最初に𝟐𝟎𝟎ほどの部首を丸おぼえすることをおすすめする。これでだいぶましになる。漢字が苦手だったりまじめにやらなかったが、大人になって一念発起し学びなおそうと思った人も、まずは小𝟏から完璧に仕上げていった方がいい。

 長くなりそうなので取り敢えずここで止めて次回に回す。

posted by Marimó Castellanouveau-Tabasco at 08:21| 情報処理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする