2017年05月12日

俯瞰だ複眼的思考だ言葉は踊るが……

PC関連という分類にしているが、言語関連という分類にしてもいいのかも知れないな。先日の補足&修正。



 先日、キーボードのショートカット設定が変わったのはWindows 10からと書いたが、Windows 8からかも知れない。言語の追加はWindows 8 からやり方が変わったと思う。Windows 7まではMS-IMEのプロパティに言語の追加やショートカットの設定項目があった。仮想マシンにNT4.0からWindows 8.1まで主要なものを置いていたが、HDDのトラブルがあって確認出来ていない。言語を選んで特定のキーボードを追加するという方法自体は同じなので、各OSの設定場所に関しては見つからなかったら検索で確かめるか、各種質問掲示板で訊いてほしい。



 それから英語のキーボード配列に近いキリル文字のキーボードは無いと書いたが、セルビア語のキリル文字キーボードやマケドニア語FYROMキーボードが英語に近かったのを忘れていた。ただ、汎用性の点でロシア語キーボードに劣っていた。Windows 7の頃、選択可能な全ての言語の全てのキーボードを実際に設定して配列を確認したり文字を表示させてみたりしたことがあったが、Windows 10では確認していないので、当時は無かった追加キーボードが在るかも知れない。また有用な物が無いか確認してみる。さすがにもう全言語総覧はしないが(笑)



 情報処理という観点で言えば、不慣れな物に関して一度全体を一覧しておくというのは悪い事じゃない。ちょっと見ただけで実用的な技術や知識がすぐに身に附くわけではないのが凡人の普通なので一見無駄な作業に思えるが、自分が触れていない部分にもまだ奥行きがある、他の違った知らないものが現に存在して並行しているという意識は、自分の目の前にあるものしか存在しないという意識で固定されてしまうよりも応用がきくし、事態の変化にも対応がしやすい。選択肢を増やすということでもある。ただ、全く何も分からない段階で全部を詰め込んでも、自分の注目すべき対象と、すぐには必要ないものが混同されて混乱することになりかねないので、まずは目先に必要な物を把握し、少し経ってから一度全体をみてみる、また自分の必要なものに戻る、ある程度したらまた少し時間を取って視野広げてみる……そういう繰り返しが効率的。効果的なタイミングは人によって違ったりもするし、物事によっても変わってくるから一概に言えないが。



 問題は、視野を広げるための時間をとる作業が、理解されない環境の下では最も困難な障害になる点。一見、遊んでいるようにしか見えず、効果をすぐに、具体的に見せることも出来ないことから、サボっている人との区別をつけるのが難しいので。そして、この手の繰り返しで様々に吸収してきたものは後になって効果が発揮された場合にも、いつ何をしたことが理由でできたのかを明確に説明できない・覚えていないことも多い。すると、特定の本や教科書・参考書・ネット記事で直接的にやり方を学んでそっくり真似るのが当たり前、学校やセミナーで教えて貰うのが当たり前、誰かの感動的な一言に心を動かされて始めたに違いない、それら以外に方法はない……と信じて疑わない人達と会話が通用しなくなる点も厄介ではある。相手によっては噓つき扱いもされる。その覚悟はいる。だが過程で得た力はそういった即席に慣れて育った人達がすぐには追いつけないものになるので、キャリアの差が長いほど、あとから真似てもすぐには追いつけない。



 私が小学生の時初めて「ことわざ」というジャンルを知って最初に記憶したのが「犬も歩けば棒に当たる」だったが、「当たり前」の感覚でいたこの言葉が、近年になって意外と難解なものなんだと、今の逆算至上主義的人材育成論の流行を傍目にして感じるようになった。
posted by Marimó Castellanouveau-Tabasco at 16:52| 神奈川 ☁| 情報処理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする