シン・君の名は

　『君の名は』……と言われると、昔のドラマを思い起こす人もいるらしいが、私は最初にこの題名を聞いた時は𝐍𝐇𝐊の朝の連続𝐓𝐕ドラマを思い出した。先日調べたら最初のドラマのリメイクだったようだ。

　ここ最近の『君の名は』は𝟐𝟎𝟏𝟔年﹦平成𝟐𝟖年公開のアニメ映画を指すようになったが、私は観ていなかった。最後に観た映画は𝟏𝟎年くらい前。標題は忘れたが、時間や場面が何度も元に戻ったりする洋画だった。『君の名は』も時間や記憶が関わっている映画のようで、断片がしつこいほどに宣伝され、それだけで辟易していたのでお腹いっぱい。特に興味は持たず。大ヒットなら数年したら𝐓𝐕でやるだろう……ということで、想定通り今日放送だった。

　内容はガンダムに例えると、𝟏𝟎𝟎𝟎年前に記憶を書き換えられた𝟐人のニュータイプ強化人間が現代の日常生活で徐々に互いを感じ始め、再び刻が見えるようになると「空が落ちて来る」ことがわかって大騒ぎしたのち、腕にはめたネビュラチェーンがきっかけで𝟐人は再会するが、悲しい別れとなる……と富野ガンダム。実際は奇跡が起こってみんな無事で再会も果たすので非富野ガンダム。

　入れ替わったり「君の名は？」と何度も口にするのは𝐂𝐌で散々みせられたのでもうどうでもよくなっていたのだが、それ以外の景色や台詞に関してはほとんどが初見だったので一通り頭に入れていた。同時代の日本の文化や東京の景色や口語をわりと表していると感じる。𝟑𝟎年先でも𝟓𝟎年先にでも、𝟐𝟎𝟏𝟔年﹦平成𝟐𝟖年現在の東京と若者の様子、親や先祖の記憶を簡単に感じ取るにはいいだろう。

　時間や記憶といえば先頃ノーベル賞を受賞したカズオ・イシグロさんがテーマにしていたようだが、私は彼の作品を読んだことがないので細かいことは書けない。ただ、𝟓𝟎～𝟔𝟎年ほど前になるのだろうか、彼がわずかに知っていた日本の景色と日本語が英国に渡ることで時を止め、ずっとあとになって再び日本を時々おとずれるたびに、重なるようで重ならない、知っているようで知らないというもどかしい感覚とともに、自分がもはや日本人じゃないということを意識させたかも知れない。それはアニメ『君の名は』の中で違う世界を経験したり、過去の記憶が消えていく、でも何かが引っかかる気持ちと、同じだとは思わないが、多少通じるものがあるかも知れない。

　似たような世代で幼少期を日本で過ごし、その後米国を転々としながら日米を行ったり来たりする少年時代を過ごしたらしいのが元日に触れたブログの筆者である数学者の……あぁ、ブログでは自己紹介していないのかな？記事では事実上正体を明かしているが、一応プロフィール欄は新一と名乗っているので単に新一さんとするが、彼の人生も𝟐つの世界と𝟐つの言葉を行き来してそれが自身に影響を与えた点では興味深かった。更に興味深いのは、イシグロさんがアイデンティティの問題は乗り越えたとしているのに対し、新一さんは移動先の世界観に拒絶反応を覚えて現在も変わっていないという点だろうか。この二人の『君の名は』だと、かなり様相が異なる。一度対談して欲しいとは思うが、新一さんはマスコミ嫌いだそうで、それもイシグロさんより徹底して露出を拒絶しているのでちょっと実現しそうにない。

　私も𝟐𝟎歳の時点で𝟐つの地域をほぼ半々経験しているが、ちょうど今日のアニメは糸守と名付けられた西日本の訛りとみられる山奥のおそらく架空の町の女性と、東日本の都会である東京、それも四谷・新宿・代々木といった新宿区近辺が舞台になっていた点で、大雑把に言えば両方の感覚に近いものがわからなくはない。㚻性ではないので性転換は経験していないし、都会に対する憧れ等はなかったが。そういえば㚻性という言葉についてまだ触れていなかった。とりえあずは右の語注欄参照。また改めて本文でも触れよう。

　言葉の感覚に関しては、違和感があった。訛りがあるようでいて意外となかったりして、中途半端に感じた。そして標題の関係上、「きみ
君」という言葉が双方の地域の𝟐人から何度も出てきていた。理屈度外視のファンタジー作品なので批難するつもりはない。ただ、似たような𝟐つの地域を知っている人間の素直な感覚としては、その中途半端な方言が今ひとつ世界を分けるに物足りなかったのと同時に、東京に関しても疑問を解決したいとは感じた。というのは、「君」をネイテイヴに使う地域で日本語を覚えて育った人間から言わせてもらうと、関西では「君」とは言わない。それどころか、南関東でも地域や場所次第となってくるよう。大学時代に東京出身東京育ちの知り合いが、何かの話題に出ていたさい、「君だって」と笑っていたのを耳にし、「この辺でも言わない場所はあるらしい」と知った。その点では二人の時間や記憶が交錯する作品の中で、最も大事な台詞である「君の名は」という言い回しだけが、そのどちらでもない宙ぶらりんな状態だったのかなと思う。「君」をネイティブに知っている地域や世代がどの程度なのか私もはっきりしたことは知らないので分布と推移には興味ある。

　言葉の問題はまたそのうち続きをやろうと思う。先程𝟐つの地域を経験していると書いたが、より細かく分けると、横に𝟑つ・縦に𝟐つの言語社会を経験しているので、単一社会のみの人に比べれば多少書けることがある。